3/6
前へ
/21ページ
次へ
     *     *     * 「だから言ったじゃありませんか、あの子に見合いなんて早すぎますって。可哀想に、あんなに楽しみにしていた花火も、ろくろく目に入らない様子で……」 「何を言う。先様は京橋でも名の通った大店だ、否やなんてありはしない。この話がまとまりさえすれば、うちの店も安泰なんだ。それにしても参ったな。肝心のお絹が、あんなふて腐れた様子では……いや、この暗さなら良い塩梅に、憂い顔の美人に見えるかな」 「お前さんって人は、自分の娘をそんな風にしか考えられないんですか。わたしは気が進みませんよ。あの人には、とかくの噂があるそうじゃありませんか。はなからそうと知っていたならわたしは――」  お父っつぁんとおっ母さんが諍う声も、お絹の耳には入らない。  船縁にもたれるように座ってお絹は、ぼんやりとしていた。  ここで、こうしているよう言われたからだ。  お見合いだなんて、急に言われたって何のことだか分かんない。  早くも酔っ払った小父さん達が、冷やかし混じりの声を上げるけれど、無視する。  もう、花火なんてどうでも良かった。  年に一度、織姫星と彦星が会えるのは七夕だけど、わたしがあの人に会えるのは、この川開きの日、一度きり。  だけど……  あの人は、いなかった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加