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「だから言ったじゃありませんか、あの子に見合いなんて早すぎますって。可哀想に、あんなに楽しみにしていた花火も、ろくろく目に入らない様子で……」
「何を言う。先様は京橋でも名の通った大店だ、否やなんてありはしない。この話がまとまりさえすれば、うちの店も安泰なんだ。それにしても参ったな。肝心のお絹が、あんなふて腐れた様子では……いや、この暗さなら良い塩梅に、憂い顔の美人に見えるかな」
「お前さんって人は、自分の娘をそんな風にしか考えられないんですか。わたしは気が進みませんよ。あの人には、とかくの噂があるそうじゃありませんか。はなからそうと知っていたならわたしは――」
お父っつぁんとおっ母さんが諍う声も、お絹の耳には入らない。
船縁にもたれるように座ってお絹は、ぼんやりとしていた。
ここで、こうしているよう言われたからだ。
お見合いだなんて、急に言われたって何のことだか分かんない。
早くも酔っ払った小父さん達が、冷やかし混じりの声を上げるけれど、無視する。
もう、花火なんてどうでも良かった。
年に一度、織姫星と彦星が会えるのは七夕だけど、わたしがあの人に会えるのは、この川開きの日、一度きり。
だけど……
あの人は、いなかった。
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