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「いやじゃないですか?」
平静を装って言う僕を見て、また日和さんが微笑む。
「なにが? 面白いよ、そういうとこ」
僕は今度こそちゃんと嬉しくなってしまう。
舞い上がってしまう。
多分、顔にも出てるけど、隣をちゃんと前を向いて歩いている日和さんにはバレていないようで、日和さんはまだ大人論を繰り広げていた。
「大人っていうのは、私にとっても大切なテーマだなあ。私の場合だけど、なんか、高校生から今まででも、もう随分変わったなあって思うよ。片思いとかってしなくなったし」
「高校生とは違いますよそりゃ。だって大学生じゃないですか。20歳でしょ日和さん。ハタチ」
「うわ、いきなりすごいおばさん扱いじゃん。んー、こっちからしたらそんなに変わらないんだけどね。卒業してから2年ちょっとしか経ってないもん」
「2年ちょっと前は僕、中学生ですよ」
「そーだよねえ、現役男子高校生からしたら、そういう感じか」
ちょっと区切った後に、僕の目を見て、
「ねえねえ、私、大人に見えるかな?」
いきなりそんなことを言ってくる日和さん。
笑っている目の中に強い意志が見え隠れしてる気がして、
「大人っぽいです」
受け止めきれなくて、目をそらしてしまった。
「大人っぽいかー、そう見えるかー」
と、なんだか嬉しそうにひとりで呟いている。
実はそれよりも気になることをさっき、日和さんが言っていた。
「大人になると片思い、しなくなるんですか?」
一度はスルーしたはずの言葉を、今更拾い直して、投げてみた。
それが気になってしまうってことは、もう、そういうことなんだろうか。
それって、どうなんだ、自分。
首をかしげる僕を尻目に、日和さんは、ちょっと考えてから、寂しそうに笑って、
「片思いなんかしないよ、だって、私だって、大人だもん」
と、何かを決意するみたいに言い切ったのだった。
「じゃあ、」
両思いはしているんですか、と聞きかけてためらったその時、
「わー、もう着いた! 青葉くんと話してたからあっという間だった。ひなたいるかな。寄ってく?」
甘美な旅の終わりを、見慣れた一軒家、水沢家の玄関が告げていた。
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