第一章(1/6) 一行目:西山青葉

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 何か、きっかけが必要だと思った。  何万文字も頭に書いて、ようやく、ひとつ思いたつ。 「日和さん」  多分、ひなたがいるか見ようと、玄関へと歩き出した日和さんを呼び止める。 「どんな大人になりたいか」 「ん?」  日和さんが振り返る。 「どんな大人になりたいか、ってさっき言ってたじゃないですか」 「うん? そうだね」  心の中でひっそりと持っていた無謀な夢を、勇気を出して喉の奥から引きずり出す。 「僕、映画監督になりたいんです」 「そうなの?」  なんでだろう。日和さんはハッとした顔になった。 「とりあえず大学は親も行けっていうから行くんですけど、本当は映画監督になりたくて」  うなずきながら、日和さんが聞いている。  口の中がカラカラになる。 「それでですね」 「うん?」  言ってしまえ、西山青葉(にしやまあおば)。 「あの、今制作を考えている短編映画に、出てくれませんか。日和さんみたいに白いワンピースの似合う人の物語なんです」  言ってしまった。  日和さんは少し息をつく。 「似ているなあ」  日和さんはそう小さく呟いたあと、 「いいよ、どんなお話?」  と、寂しそうに笑って言うのだった。  その表情の理由も、誰が誰に似ているのかも分からないけど、そんなことはどうでもよかった。  僕はその瞬間から、今はありもしない、白いワンピースの似合う女性の物語の脚本を、大急ぎで書き上げないといけなくなってしまったのだから。
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