第一章(2/6) 曖昧なボーダー:水沢日和

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   あの人--阿賀孝典(あがたかのり)さんは高校時代の美術部のOBだ。  ひなたや青葉くんの通っている高校は電車で2駅行ったところにある瀬川高校で、私が通っていたのは自転車で通える距離にある、鶴久保(つるくぼ)高校だった。  私が高校二年生の夏に行った合宿。  ゲスト講師としてやってきたのが当時一夏町の隣町の芸大の学生をやっていた孝典さんだった。  合宿中ずっと、目を爛々(らんらん)と輝かせてアートの話をしている彼に憧れたのがきっかけだった。  少年の心を持っているという風にも見えたし、それでもやっぱり同じクラスの男子にはない大人っぽさというか包容力みたいなものが垣間見えた。  彼の地元も一夏町だということが分かってから、私はそれをいいことに、作品を見て欲しいやら孝典さんの作品を見てみたいやら口実をいくつも作って彼に会いに行った。    そのうち自然と私の気持ちは孝典さんに伝わったのか、無理やりな理由をつけなくても二人で会えるような仲になった。  水沢さんと呼ばれていたのがいつの間にか日和ちゃんと呼ばれるようになり、日和ちゃんと呼ばれていたのが次第に日和と呼ばれるようになった。  あわせて私の方も、阿賀さんと呼んでいたのがいつの間にか孝典さんになり、孝典さんと呼んでいたのが、次第と孝典と呼ぶようになった。    付き合おう、とかは言わなかったし、言われた覚えもない。  『告る』『告らない』みたいなことが当たり前だった当時の私にとっては、その曖昧な感じがなんだか大人っぽくて、簡単に言うと興奮していた。  私は、周りとは違う恋愛をしているんだと、意味のない優越感があった。  そんな風に未熟な恋を育みながら、彼はちょうど就職活動を行う年次になった。 『おれ、CMが作りたい。30秒で誰かを泣かせるくらいのことがしたい。いつか、おれが夢を叶えるのを、隣で見ててくれないか』  キザな台詞だと思う。  それでも私は、そんな言葉に舞い上がっていた。
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