第一章(2/6) 曖昧なボーダー:水沢日和

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 そうして、孝典さんが東京の映像制作会社に勤め始めてから1年と4ヶ月くらいが経つ。    はじめの1、2ヶ月は連絡がついたけど、メールの返事がくるのはいつもいつも深夜になってからだった。  『おはよう』と送ったメールの返事が朝4時の『おやすみ』。  そのペースも一日おき、二日おきと間隔が開いてしまい、次第に連絡が取れなくなってしまった。   「絶対に女だよ。今時そんな遅くまで仕事させられる会社なんかあるわけないじゃん! あの女たらしイケメン野郎!」  と、美術部の友達は言ってた。  最初は孝典に限ってそんなわけない、と思っていた。  私の友達の方が幼いんだ、と。  でも、ある時、SNSで全然知らないおっぱいが大きそうなケバケバした感じの女子の写真に、 孝典さんがタグ付けされてツーショットで上がって来た時、これまで抑えていたつもりの『疑う心』が、一気に身体を満たしてしまった。    自分でも子供じみた行為だったと思うけど、いわゆる鬼電をかけて、なんとか一回繋がった電話に出た孝典さんを私が泣き喚きながら問い詰めた時。 『寝てないんだよ。頼むから、静かにしてくれ。大人には色々あんだよ。夢だけ食って生きてられないんだよ。子供にはわかんないかも知んないけど』  と、言われたのが最後。    もしかしたら元々、付き合ってなかったのかもしれない。  大人っぽくて(つや)やかな暗黙の約束は多分、オトナっぽくてズルいだけの手口なんだろう。  きっと、ろくな人じゃなかったんだ、いや、絶対、そうだ。  今もどっかの化粧の濃い女と遊んでるのかな。  今もあんな風に、夢の話をするのかな。  優しい声で、話すのかな。  一人になると、いつも、私の思考はここに到着してしまう。  ああ、牛乳を入れたのに苦い。  なんなんだ、この水出し珈琲め!
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