第一章(4/6) ロングヘア:阿賀孝典

8/10
51人が本棚に入れています
本棚に追加
/211ページ
   そんな疑問を持ってしまった時から、自分の何かが壊れていくのを感じた。  そこから次第に、身体に無理がきかなくなって来て。  ついに先週、会社のトイレで血を吐いて倒れた。  別のチームの同じように虚ろな目をして働いている後輩が呼んでくれた救急車で運ばれ、次に目覚めた時には、都内の病院にいた。  目が覚めて最初に思ったことは、 「やばい、あの動画ファイルを得意先に送らなきゃ」  だった。  また怒鳴られるだろうか、とすぐさま上司に電話をしたら、開口一番、 「とりあえず、一週間、休め」  と言われた。  上司は怒っているのか、呆れているのか、同情しているのか、わからないけど、とにかく、自分が情けなくてしかたなかった。  くそ、くそ、くそ、くそ。全部、クソだ。    実家にも連絡をした。  1年以上ぶりに連絡をよこした息子に、母は優しく、 「うちに帰っておいで。」  と言った。  あんな啖呵を切って出てきたくせに。  うだつの上がらない自分が情けなくて、また涙が出た。  日和を避けたのは、こんなにカッコ悪い状態で、日和に会いたくない、会えるはずがないと思ったからだ。  日和にとっての阿賀孝典は、夢を語っている阿賀孝典のままでいたい。  あとは多分、最後の一言の嫌な後味が残っていただけなのだろうけど。  
/211ページ

最初のコメントを投稿しよう!