春の朝(あした)

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春の朝(あした)

雪は、灰色になって段々小さくなっている。 見下ろした道路は夜半だというのに、凍る訳でもなく、ただ、溶けかかった雪がぐちゃぐちゃと水になっていく。 時折、道路を走る車にかき混ぜられた雪はもう、雪とは呼べないような代物になっている。 冬が終わるのだ。 それは、ぐちゃぐちゃになった雪を横目に、歩を進める。 目指す先は、寺井さんのアパートだ。 以前交換したメールアドレスに、アパートに来て欲しい旨の簡潔なメールが届いていた。 古びたそこは、冬の間何度も足を踏み入れた。 雑然としていて、床にはコンビニ弁当の空容器だの、雑誌だの、そんなものが雑然と放置してあった。 干していないことが分かる湿気っぽい気がするコタツ布団も、灰皿に山盛りになった煙草の吸殻も覚えているのに、今日入ったその部屋には何もなかった。 綺麗に片づけられた室内には、家財道具すらなにもない。 がらんどうになってしまった室内を見回す。 「おっ、来たか。」 その中心で胡坐をかいて、その上にノートPCを乗せていた寺井さんが言った。 いつも鍵はかかっていなかった。 今日もかかっていない。 もう一度、室内を見回すと、寺井さんは困ったように笑った。     
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