移ろう香り

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 最初に食べたセロリがおいしくなかっただけだろう。「先生もおいしいトマトを食べれば好きになると思いますよ」なんて軽く言ったつもりが苗を受け取ることになった。  「特別なトマトならきっと克服できると思います。次の火曜も来てください」と言われ施術が終わった。翌週の帰り際、苗と静謐な想いを受け取った。  その日から毎朝、苗を見るのが日課になった。新しく開いた黄色い花を見つけると指でそっと叩く。花粉が舞うのが見えた。  火曜に写真を見せるだけでは物足りない。 ──────着果した。  日ごと開いていく花、膨らみ始める実、青々と茂っていく葉から澄んだ力が伝わる。    二つ並んでいる実に触れる。艶やかで瑞々しい光を帯びている。    小豆粒からピンポン玉くらいまであっという間に大きく成長した。    葉が風で揺れるとトマトの香りがする。あの人が好きだったヘタの香りだ。  産毛を撫で指に濃い香りを纏う。色づくまでもう少しかかりそうだ。先生は実の青臭さが苦手だと言った。  「大きくなってきました」と写真と一緒にメッセージを送信した。  熟れるまでもう少しだけ時間をください。  梅雨の合間の陽射しが夏を思わせる。光る産毛をまたそっと撫でた。                                            了
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