移ろう香り

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 いい年の男女が付き合うのだ。半年も経てば何となく結婚を意識するようになった。    その頃、彼はTOIECの得点が七〇〇点を超えた。私は洋画を字幕なしで見ることが出来たらカッコいいという程度の気持ちだった。すべての会話は理解できなくても前後の会話が分かれば何となく話の流れは理解できるようになった。    彼がシンガポール駐在の資格試験に合格した。それをきっかけに私たちの歯車が合わなくなった。  結婚して一緒にシンガポールへ行くか、日本で三年後の帰国を待って結婚するしかないと思っていた。けれど、彼の思いは違った。  「今すぐ結婚して一緒に行くことは出来ない。三年待っていて欲しいと君を縛り付けることも出来ない。でも別れることも出来ない」 出来ないことばかり言われて、淡い期待は脆く崩れた。  私も今すぐ結婚して欲しいと迫ることは出来なかった。すぐに結婚するなら日本を離れ仕事も辞めるしかない。彼同様付き合って半年で結婚を決めることが出来なかったのだ。  彼は半年後に日本を発つ。それまでに結婚するかどうか決めるので返事を待って欲しいと言い始めた。  返事を待つといっても、その返事が結婚しないという可能性は大いにあった。そもそもプロポーズをされているのではないのだ。    常に不安が付きまとい、純粋に彼を想うことが出来なくなった。壊れるのは簡単だった。私は半年後の返事を待たず彼のもとを去ることを決めた。  彼のことは好きだったけれど自分らしくいられなくなってしまった。心の底から笑えなくなって彼といても不安のほうが大きくなってしまった。  彼も私と同じだったのだろう。自分のほうが大切だったのだ。お互いもう少し相手を思いやることが出来ていたら今も隣で笑っていたかもしれないと思う。
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