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西へ進むにつれて、天気は荒れていた。台風が近付いていた。雨と雷の中、私は深夜の名古屋駅に降り立った。
タクシー乗り場でメールを書いた。書き終わる前にタクシーが来たから、私は書きかけのメールをそのままにして、タクシーに乗って彼の住所を運転手に伝えた。走り出した車の窓には叩きつけるような雨が降り注いでいる。
早く彼に会いたかった。はやく彼のスコールのような激しい愛に濡れたかった。
見知らぬ街でタクシーを降りて、折り畳み傘を開く。ボタボタと力強い雨に押されぬように気を引き締めて歩き出す。文字と記号でしか知らない彼の部屋に辿り着くと、半分濡れた体をタオルハンカチで拭いてエレベーターのボタンを押した。
彼の部屋の番号を反芻しながら、目的の階で降りる。そこで、突然来たことを彼がどう思うのか、少しだけ不安になった。
メールをしようかと迷ったけれど、あと少し歩けばそこに彼がいる。そう思ったら、立ち止まる時間も惜しくなって、私はドアに駆け寄った。チャイムを押す前にドアノブに手をかけてみたら、開いた。鍵をかけ忘れているのだと思った。
悪いとは思わなかった。何も考えずに、彼が驚く顔を楽しみにして、私はドアを開けた。そこには、濡れた靴が転がっていた。靴だけじゃない、濡れた服が、散乱していた。
部屋の奥に人の気配がある。女の声。女物の靴や、バッグに、脱ぎ捨てられた服が…。
まだ、信じられない。これだけじゃ、信じられない。嫌な予感がはっきりと私に警告していた。紫色に点滅した信号が、ここから先には行くなと―――。
なのに。私は一歩踏み込んだ。どうしても、顔を見たかった。ここまで来て、このまま帰るなんて、できなかった。
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