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「こんな女癖悪い男だって知ってたら、あんたの女になんかなるもんか!」
「待って! 話をさせてくれ! 俺は、お前がいないと生きていけないんだ! お前がいないと…」
「だったら! どうして? なんで、私を呼んでくれなかったの? 飛んで来てあげたのに! 私が抱いてあげたのに!」
「お前に弱っちい所、見せたくなかったんだよぉ!」
「なにそれ? じゃあ、あの女はなに? どこの誰なの? 同じことを言って、二股かけてたんじゃないの?」
「違う! あの子はバーで知り合ったばっかりの、酔っ払いでただの行きずりで…、こんなこと初めてで、俺は、お前のこと想いながら……萌咲しか、お前しか、愛してないんだ!」
悠人の吐く息にアルコールの匂いがした。お酒を飲めば、逆に辛い過去を思い出すからずっと飲めないって言ってたくせに。バーに行って、お酒飲んで、女の子引っ掛けて、なにしてんのよ…、と頭の中で冷静に、軽蔑した。
「嘘つき! もう悠人の言葉なんて信じられないよ! 愛してたのに…、大好きだったのに…」
「もえ! 俺を、見捨てないで……頼む……」
必死な彼は下半身に何も履かないまま、私にしがみついて冷たいコンクリートに膝を付いた。小さな子みたいで、不快だった。謝れば全部許してあげられるほど、私の心は広くない。
「大嫌い!! もう消えて! 死んじゃえ!!」
次の瞬間。十二階のマンションの廊下にいた私の目の前で、悠人は突然ひらりと飛び上がった。空中に身を乗り出したと思ったら、そのままゆっくりと落ちて行く―――。
手を捕まえようとしたけれど、遅くて。もう、届かないところにいた。
彼が落ちて行く間、目と目が合ったまま、遠ざかり、地面に叩きつけられた瞬間、赤い飛沫が飛び散るのをこの目で見た。赤い点が、滲むところまでもが、くっきりと、焼き付く。そこから、もう何も覚えていない。
なにも ―――――。
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