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ミルクの匂いがする柔らかい髪の毛に頬磨りすると、気持ちが安らぐ。泣き声さえも可愛くて、あくびやのびをするときに零れる小さな生き物特有の甘い声に、耳の奥がくすぐられる。お腹いっぱいおっぱいを飲ませたら、息子は満足したようにうっとりと瞳を閉じて眠りに入る。縦抱きにして丸い背中を撫で上げるようにげっぷをさせて、敷布団の半分に敷いた空色のバスタオルの上に寝転がせた。
「本当に、可愛いわね」
産後の手伝いにと、私を育ててくれたシスターが駆け付けてくれた。定年退職をして、フリーになったばかりの彼女はまるで、私のお母さんのように優しくて頼りになる人。
「ほら、あなたもご飯食べましょう。おっぱいが出なくなっちゃうわ」
「はい。ありがとうございます」
手作りの卵焼きとみそ汁と、焼き魚とほうれん草のおひたし。こうして誰かが作ってくれる料理を食べる幸せを久しぶりに思い出した。
「萌咲ちゃん、もう大丈夫なの? まだ夢を見るの?」
あれから何度も、眠る度にあの日を繰り返していた。どこからやり直そうかと考えても考えても、過去は変えられない。だけど、そうと知っていても心はまだ正解を探そうとする。彼が死なずに済んだ道を、今もずっと探している。
「時々…。でも、この子がいるから、この子のために私が潰れるわけにはいかないと思うの。あんなに辛かったけど、この子はちゃんとお腹で育って臨月で生まれてきてくれたでしょ? この子の力強さは信じられるから」
「うん、そうね。それならもう、一安心かもしれないわね。良かった」
シスターは涙ぐみながら、笑った。そして私の手をぎゅっと握り絞めた。
「でもね。辛くなったら、一人になっちゃダメよ。私で良ければいつだって飛んで来るから、一人で困ってないでちゃんと頼るのよ? いいわね?」
「はい」
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