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ユキ
快速列車がホームに滑り込む。
ドアが開き大勢の乗客がなだれ込んできた。
半袖のTシャツ、ショートパンツ、サンダル、キャミソール。家族連れもカップルも、男女共、カジュアルな格好で、手に団扇や扇子を持っている。
そして、数人の男女は浴衣姿だった。
「そっか。今日は花火大会か。」
はあ、、、、
ユキは大きく溜息をついた。
腕時計を見ると時刻は9時20分。
みんな、花火大会帰りの乗客なのだ。
この駅は花火大会会場の最寄りの駅だ。
どうりで。。
「ユキ、花火大会行かない?」
親友のマリエからLINEがあったのは一週間前。
たまには羽を伸ばしたい。
でも、、花火大会は土曜日だ。
週末は仕事を休めない。
「ごめん、、仕事なの。」
後ろ髪を引かれる思いでそう返信する。
すぐに既読になって折り返しマリエから返信が来た。
「そっかあ。。残念。。やっぱり週末は休めないかあ。。
キャリアウーマンは大変なのね。」
マリエは高校時代の同級生だ。25歳で職場結婚をして、今や二児の主婦。花火大会の日は旦那が職場の飲み会、子供は近くに住んでいるマリエの両親に預けるからたまには一緒に花火見に行こう、って誘ってくれた。
【でも、一週間前に急な休みなんて取れない。】
ユキが今の会社のいわゆる管理職と呼ばれる地位に就いてから7年が経つ。今年35歳になったというのに浮いた話ひとつなく、職場と家を往復するばかり。
今の仕事が嫌いなわけじゃない。それどころかやりがいを感じてさえいる。7年前、ユキが28歳で今の地位に就いた時は当時の上司から異例の出世だなんて、目を丸くして驚かれたものだ。
でも、私の人生、、これで良いのか。
ユキは昨日、母親と電話で交わした会話を思い出す。
「ユキ、あんた、小学校の卒業文集の中にあった『将来の夢』で何て書いたか覚えてる?」
そんなのとっくに忘れている。
「え?そんな昔のこと覚えてないよ。」
「お嫁さん。」
「は?」
「だから、あんた、将来の夢はお嫁さんになること、って書いてんだよ。」
携帯電話越しで、母が小さくため息をつく音が聞こえた。どうしてそんな話になったのかは覚えていない。
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