0人が本棚に入れています
本棚に追加
そうして、さらに半年が経った頃、クズ主催の飲み会の帰り道、珍しく酔った恋人を家に送っていた時にそれは起きた。
「……結婚式は、ウェディングドレスが着たいなぁ」
それは、独り言に近い声量だった。多分、飲み会でそんな話でも出たのだろう。普段であれば、聞き逃しているようなその言葉を、しかし何故かこの時の俺は聞き取ってしまった。
そして、アルコールと疲労で普段なら返事もしないであろう返事をしてしまった。鼻で笑いながら、結婚式など永遠に出来るわけがないと。まともに生きることすら難しい状況を考えれば、当然の発言だった。
「なんで? なんでそんなこと言うの? なんでいつもあなたは私の言うことを受け入れてくれないの?」
しかし、恋人の方は何故かその答えが気にくわなかったらしく、珍しく強い口調で噛みついてきた。いつもどおり殴って止めようかとも思ったが、既に腕を上げるのも億劫なせいで、俺は黙って聞くことしか出来なかった。
「私はこんなに尽くしてきたのに。あなたみたいな人と付き合ってあげるなんて、私しかいないのにっ!」
ーーそしてそのまま、女は一線を越えてしまった。恋人の、いや、こいつの腹の内は結局、あのクズと同じだった。優しくするのも自分の優越感を満たすためであり、内心では俺を見下していたのだ。
それを知った俺の腕は、先程まで上がりすらしなかったのが嘘のように動き、目の前の女を痛めつけた。誰かが通報したのか、しばらくしてパトカーのサイレンが鳴り、俺がそれに気づいて逃げ出すまでそれは続いた。
それ以来、女とは一度も会わなかった。数日後に大学で包帯をつけて通学していた姿が目撃されたため、酷い怪我ではなかったのだろう。また、警察も家に来なかったので、俺の事も話さなかったのだろう。やはり、あのクズとそっくりだ。
それを裏付けるように半年後、あのクズと女が付き合い始めたと風の噂で聞いた。そして大学に通う理由のなくなった俺は、二年目の審査を受けることなく、大学を自主退学した。
最初のコメントを投稿しよう!