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「御新郎様、そろそろご準備の方を」
いつの間に考えこんでいたのだろうか。式場のスタッフの声を受けてハッとする。
今は披露宴も大詰めに近付き、目玉イベントのブーケトスを残すのみである。昔ながらの教会式結婚ーー妻がどうしてもウェディングドレスを望んだためーーであるため、一度チャペルの外に出て行うことになる。
私は慌てて立ち上がると、妻を連れて外に出る。そんなそそっかしい私を見て、妻は優しく微笑み、友人たちは笑いながら囃し立てた。
ああ、なんて幸せなのだろう。愛する妻に、素晴らしい友人たち。今なら胸を張って言える。私は世界一恵まれた人間であると。
そう。そんな幸せに浸っていたからか、私は直前まで気付くことが出来なかった。
「危ないっ!!」
ーー私たちに猛スピードで向かってくる、トラックの存在に。
死を前にして私の神経がフル稼働したのか、動くことは出来ないが、不思議なことに全てがコマ送りのようにスローモーションで感じられた。
だから、トラックの運転手のである男の顔をハッキリと見ることが出来た。その男は髪も髭も無造作に伸ばし、見るからに浮浪者然とした身なりであった。
おそらく薬でも使っているのだろう。目は異常に血走っていた。そんな怪しい男の知り合いに心当たりはなかったが、不思議とどこかで会ったことのある気がした。
(一体、どこで……)
しかしそれが、私の最後の思考となった。
次の瞬間には驚くことも妻を庇う暇もなく、凄まじい衝撃と共に、私の意識は彼方に飛び去った。
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