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住み処に居れば溢れていることさえ気付かないのに。
『ミツキ、浜辺に近付いてはいけない。奴らにとって、私たちは獲物』
『私たちの血肉は奴らの妙薬』
『……そう、判っているのなら、もう近付いてはいけない』
母は私を抱きしめて、毎日そう諭す。
私はその言葉を耳にする度に心がさざめいた。
羨ましい。
あの眼にあの鼻、あの唇にあの肌。
[人]は美しい。
なぜ私は[人]ではないのだろう?
大きく縦に伸びる緑色の瞳、のっぺりとした鼻筋に豆粒のような鼻腔が天を向く。
薄紫色の唇に頬まで割ける口と、その中に並ぶ小さくも肉を喰い千切るための尖る歯が並ぶ。
鏡のように澄んだ水面に写る私の姿のなんと醜いことか。
羨ましい。妬ましい。恨めしい。心が荒む……
『……あ、りがと……』
息も絶え絶えなテノールに、瞳孔が開き鼓動が跳ねた。
いつもの季節、静かな水面に荒天が襲い来る。
[人]の男を拾った。
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