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ふんわりと咲う君の目先に垂れる線香花火は先程までロケットのように暴れていた花火とは違いそれはそれは淡く、とても淡く力強かった。
未成年から成人になった今日は光栄なことに花火が打ち上がってくれ、皆が盛大に盛り上がってくれた。そんな外部とは裏腹に青年は誕生日も花火も興味を示すことなく我が家でのんびりと打ち上がる音を部屋の片隅に放っておき、テレビを観ていた彼が綺麗にヘアメイクもされ浴衣姿の彼女に呼び出されたのは花火が散った数分後の事であった。
「海に行こ」それだけの言葉に青年は疑問一つ持つことさえ頭になく開いていた液晶画面を落とし尻ポケットに納め、車を出すことを選んだのは気紛れでは無いが確かな思いも無かった。彼女に会いたいとは思ってはなかったのだが暇だから暇つぶしに。
離さんかったんはうちや。
憂いた瞳でぷっくりと言葉を膨らまし、しゃがんだ足元に落ちる。彼女の言動に対し、手元から垂れている線香花火は小さく華奢に聞こえるが背後でいびきをかく波音に掻き消されるどころか大きく野太い音で嘆き彼女と共鳴したかに見えた。それでも彼女の手元から垂れる物はその命を少しずつゆっくりと確実にひっそりと削ってゆく。彼女の話し相手である彼は先程の言葉たちを聞き入れながらも己の声を挟むことなかった。彼女の紡ぐ言葉が、紫色の声が淡々と落ちていくのを見届けながら片手に線香花火を垂らし、空いている親指の力でライターを押し込むが直ぐには点かないライターを彼は彼で無心に色のない顔で何度も試し彼女は彼女で声の泡をぷっくりぷっくりと同じように繰り返し落とす。
違うって思いたかったんや。気付いてる自分に、蓋をして見て見ぬふりを繰り返してほんまに酷いことしたなぁ。
語尾が掠れ火玉が砂の中に消えたのは彼が持つ線香花火がやっと灯った瞬間だった。灯火が彼女の顔に触れるが虚しくも影を濃くしただけの彼女の顔を青年は確認もせず、動かない彼女の後ろで待ち構える闇を凝視していた。背後の闇が手を伸ばし背を向けている彼女を包み込みこの場から連れ去ってしまうんじゃないかと漠然と思いながら彼女から連絡が入る前から思考停止している彼は、逆に瞳の中に闇を流し込んでいた。
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