嫉妬と劣等感

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 突然の出来事に一瞬何が起きたのかわからずにいた。男は崩れた階段の縁に掴まっていて、今にも落ちそうになっている。 『助けてくれ・・・』 男の呻くような声に、私は我にかえった。慌てて男の手を掴もうとした。しかし、もう一人の自分がそれを押し止める。  あんなに高飛車で傲慢な態度の人間が、今にも奈落の底に落ちようとしている。しかも、私に助けを求めている。この時私の内なる『私』が笑っていることに気づいた。 『この男の命は私次第だ。』 「早く引き上げてくれ!」 「私はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」 「おい!ちょっと何をするんだ!」 私は無意識に男の指を一本ずつはがしていった。 「頼む、やめてくれ!落ちる!!」 『何が必要な人間だ。こうして、運に見放されているではないか。』 冷ややかな思いが私の心を包んでいた。私はこの男が嫌いだ。いなくなってしまえばいい。 「さよなら」 「やめろぉぉぉぉぉーーーー」 奈落の底へ落ちていく男。どこまでも落ちていく。男は小さな点になり、やがて深い深い闇の中へ吸い込まれていった。
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