第1章 エンゲージ

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 振り切れない・・・このMiG-29の機動性を持ってしても。35Sの運動性以前に、相手のパイロットの操縦技量も相当高い。  ・・・キシッ・・・キシッ・・・  骨が軋む音が聴こえた気がした。相当な負担が全身にかかる。苦痛が全身を支配し、一瞬、操縦桿を緩めた。刹那ー。  ゴウッ!!!!  音が聴こえた。後方。振り返る。 「ハハッー」  笑ってしまった。至近距離。振り返り手を伸ばせば、触れられそうな感覚。  右翼付け根の機関砲の砲口が、俺の後頭部を狙っている。コクピットの白いヘルメットの「ヤツ」が冷酷に俺を視ていただろう。狩るべき獲物としてー。 (死んだわー)  死を悟った。 ≪もう良いだろう。状況終了。≫  ーは? 「え・・・?」  撃たれなかった。挙げ句、状況終了ー?意味が解らない。 「状況終了?何を言ってー・・・」 ≪ティガー全機、状況終了だ。訓練だ訓練。そこに居る35Sをノルトヴェルグまで案内してやれ。≫ 「・・・・・・・・・」   ふと右横を見る。僚機(ウィングマン)のソーン機が近寄ってきた。 「ソーン・・・・・・」 『悪い。お前追われてたから助けようとしたけど・・・』  相棒が言い淀む。 『R-73(短距離ミサイル)、発射出来なかった。』 「は?撃てなかった?どういう・・・・・・」 ≪言い忘れていた。≫  割り込んでくる機上管制官。 ≪ソイツのコールサイン、“ティガー03だ”≫    ノルトヴェルグ基地 ブリーフィングルーム  SIDE “クルィーク” 「ーつまり、CAPに見せつけた、対領侵からの、DACT(異機種間戦闘訓練)だったと」 「飛行前点検時に見たミサイル、実弾だと思ったら、訓練弾のステッカーと、“INERT”の文字剥がしてやがった。機上管制官の上擦った声・・・名演技だわ。役者向いてんじゃねーの?」  確かに、と笑いながら窓の外の白黒灰三色スプリッター迷彩のSu-35に目線をやる。 「・・・やけに小さいヤツだったよな。アレのパイロット。」  目線の先を察してか、ソーンが言う。 「160無いぐらいだろ。身長。おまけに一言も話さないし、降機してもメットはおろか、バイザーとマスクすら外さ無かったよな。もしかすると・・・」 「・・・女か。」  飛行装備装着状態だった為、体の輪郭も判らない。 『クルィーク、ソーン。隊長室まで』  放送が鳴る。 「例の件だろ」  足早に隊長室へと向かう。
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