プロローグ

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   SIDE“И” レイヴェン公国 ローデル・ヘルム県   心地よいそよ風が、白い花びらを乗せて運んでくる。木漏れ日が見渡すかぎり広がる白い花畑と白い八端十字架を照らし出す、どこか現実離れした光景。ここには、常世の喧騒などは無く、ただひたすらに穏やかな時が流れる。  サクッ・・・サクッ・・・サクッ・・・  花や草が踏まれる音。白い世界の中を、黒い修道服のシルエットが歩く。ウィンプルから覗く、幼い人形の様に白く整った顔に表情は無い。病的なまでに白い肌に緋の瞳。その足元には、少女をエスコートするように、一匹の黒い猫が寄り添う。  一人と一匹の、大小2つの黒いシルエットは、ある墓の前で歩を止めた。  “zero”  墓標に刻まれた文字。それが何を意味するのかは少女には解らない。 「Dawno się nie widzieliśmy」  名前もなく、生年月日、命日すら無い墓に、愛しげに呟く。わずかに弛んだ口許、その声は優しい。  十字架を見上げていた黒猫が少女の顔を見つめ直す。目が合い、優しげにはにかむ少女。そのとき、黒猫が目線を少女より少し上に向けたと同時に、目を見開き硬直した。 「?」  黒猫が見上げる方向に振り返り、天を仰ぎ見る。雲が広がる薄い灰色の空。雲の切れ間を見つめた。 「ーえっ?」  「何か」が空から落ちてくる。段々大きく膨らむ黒い影。翼を広げた鳥に似ている。それの正体が分かった時には、触れられそうな距離に有った。視界の中の「黒」が大きくなる。 カラスのような影が回転したー瞬間、青い焔を噴く。  少女は、1つの「死」を迎えた。          
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