第2章 ティガー

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「ー警告する。貴機は我が国領空に接近中である。ただちに方位030に転針せよ。繰り返す。貴機はー」  何度読み上げたか覚えて無い文。今、俺の右真横には敵国の対潜哨戒機が飛行している。二重反転式のターボプロップ・エンジン4基を提げた後退翼に細長い胴体。シルバーの塗装が太陽光に照らし出され、輝いている。Tu-142ーベアFと呼ばれる機体だ。 「ー繰り返す。貴機はー」  大型の垂直尾翼に描かれた赤い太陽の紋章・・・・・・リュクシア空軍のラウンデル(国籍識別標識)が不気味に照らされる。 『あー、あー、こちらリュクシア空軍!真横を飛ぶな!!うるさくて潜水艦の音を拾えんだろうが!!』  対象機が返信してきた。かなり下手なレイヴェン語で。 「こちらレイヴェン公国空軍。大音響のエンジン引っ提げてよく言うよ。ってか、音拾ってないで帰れっつってんの!!」 『やかましい!こっちも仕事だ!!』 「お互い様だろ!?良いから帰れよ!!」 『ヤダ!!』 「帰れ!!」  子供の言い争いそのものである。領空まで12マイル。そろそろ帰って貰わないと最後の手段に移らざるをえない。もっとも、こうしてる間も、イルビス機はベアを短距離ミサイルでロックオンしている。イルビスの人差し指一本で・・・・・・。 (・・・この憎めない連中全員、断末魔の叫びをあげることになる・・・・・・) 「警告する。貴機は現在領空まで10マイル。早く帰れ。繰り返ー」  ベアが大きな右バンクを取った。右旋回に移る。その時、後部銃座のリュクシア航空兵の姿が目に写った。  炭酸のボトル片手にこちらに手を振っている。微塵の憎しみも感じさせない満面の笑み。本心から手を振っているのだろう。 「ったくー」  グッ!  サムアップで応じた。そのまま手を振り返す。 「ー対象機、順調に離脱中。コンプリートミッション。RTB」 「ーたまにはこういうフライトも有って良いだろ?」  降機して食堂に向かう道すがら、イルビスに訪ねる。彼女とのアラート発進は、既に2桁を超えている。 「ー笑ってましたね。あの飛行士」  銃座に居たヤツの事を言ってるのだろう。俺とそんなに変わらないぐらいのヤツだった。 「見ていて楽しかったですよ。言い争いとかも」 「真似はしないように」  微かに彼女が笑う。初めて見た。 「ま、まぁ、アイツらも人間だしな。堅っ苦しいのが嫌いな民族でもあるし」  
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