時間のしわ

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午前2時の丸の内のビル街。僕は休日出勤を終え、とぼとぼと歩いていた。 お盆休みの真っ只中。この真夜中じゃあ、さすがに人っ子ひとりいない。いつものこの街に慣れた身には、この静けさは新鮮だ。 横断歩道に差し掛かった時、街灯がふっと消えた。信号まで消えている。どうやら停電らしい。 (さっきも静かと思ったけど、さらに静かになるもんなんだな) 僕は交差点に立ったまま、ぼんやりと街を眺めていた。 ふと気づくと少し先の横断歩道に、スーツの男がいた。姿勢を低くして道路を見ている。測量をしているような動きだ。 「……あの……なにをしてるんですか?」僕は声をかけた。 男は振り返らずに答えた。 「時間のしわをとってるんです」 は?なんだって? 男は両手を下げて何かををつかむ動作をしたと思うと、ぶわっと上げて素早く下げた。 シーツを広げるときのような動きだ。 呆気に取られる光景が生まれた。 オーロラのような光が男の手元から現れたのだ。光は本当のシーツのように波打ちながら道路に広がり、淡く消えた。 「ここ、いつもはとても時の流れが速いでしょう」 男は振り返って笑った。 「そういう場所にいきなり人がいなくなって、時の流れが遅くなると、時間のしわができやすいんです。お盆用に準備はしといたんですけど」 男は消えている信号を見た。 「停電でさらに時の流れが遅くなったみたいなんで、心配で来てみたら、やっぱりしわができてました」 ぽかんとする僕に、男は声を潜めた。 「時間のしわって、危ないんですよ? けつまづく人もいるし、交通事故もおきるし、しわの間にくるまれて行方不明になる人もいる」 「は……あ……」 「あなたも気をつけてくださいね」 男はすたすたと路地へ入っていった。我に返った僕は男の後を追った。路地に入ったところでつまづいて転んだ。足元であのオーロラが光った気がした。 (ほら、気をつけて) 路地には誰もいなかった。四つんばいの僕の背後で、街灯が瞬いた。
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