1話 発生

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 その鎧は動いていた。小さな、小さな歯車が回っている。それらは常人には到底理解できない複雑さを経由して、明らかに、少女と思っていた鎧の人影の、その肉体の部分にまでおよんでいた。 「う、うわ!」  人間ではない。脳が感じたその違和感が背骨を下り、手足を突き動かす。出口とは反対の方向に走り出す。 「待て!」  待てと言われて足を速めることはあっても待つ人間はいない。アキレス腱が千切れそうなほどに蹴り足を強め、なにかにぶつかった。  一瞬マネキンかと思い、こちらを振り向いたことで人間だと思いなおす。 「すみません!」  反射的に謝罪を口にして、何時の間にそこにいたのだろうと、疑問をいだいた。肌の見えないその人型を注視する。  それ(・・)は、壁にめり込んで、否、壁から生えてきていた。 「避けろ!」  鎧の少女が叫び、一瞬遅れて人型が変形する。  胴体が膨れ上がり、破裂。スクラップ塊のような、金属の内臓諸器官が少年を襲う。反射的に防御の位置を取った腕は半ばまで擦り切れ、身体は壁に叩きつけられる。  遠のく意識の中、戯画化された工場のような口腔が拡大するのが分かる。喰われる。いや、呑まれるのか。生命に対する危機感さえもぼけていく。  きん  涼やかな、銅の鳴るような音色。少年と機塊の間の虚空に、機構が現出していた。半透明の、歯車でできた橋。それは鎧の少女の左手から、機塊の体内にわたってかけられていた。  歯車は一回り小さな歯車の集合でできていて、その小さな歯車もまた、より小さな歯車で、それらもまた歯車によってできて……。  きちり、きちり、と噛み合い、鳴る。それは耳朶を通す前に知覚を打っていた。今見えているものより遥かに小さな、特異点を形成する最小の歯車が回るきしり。  そこから生まれいずる回転力(モーメント)は、無限に分岐する歯車同士のネットワークをくぐって、現象する。  かちり  と、歯車が回った。  血を一杯に吸ったダニのような塊が、指で潰されるようにして凹む。黒い油が噴出し、針金が千切れて零れ落ちた。  呆気にとられる少年の前に、さらに歯車が走る。今度は二本。少女の踵から。  がきん、がきんと世界が噛み合い、歯車の回る分だけ現象が動く。甲冑が消えた。  少女が現れたのは少年の前。機塊の正面。馬上槍を徒歩(かち)のまま自在に操り、鉄と油の塊を突き上げるようにして貫いた。  
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