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その鎧は動いていた。小さな、小さな歯車が回っている。それらは常人には到底理解できない複雑さを経由して、明らかに、少女と思っていた鎧の人影の、その肉体の部分にまでおよんでいた。
「う、うわ!」
人間ではない。脳が感じたその違和感が背骨を下り、手足を突き動かす。出口とは反対の方向に走り出す。
「待て!」
待てと言われて足を速めることはあっても待つ人間はいない。アキレス腱が千切れそうなほどに蹴り足を強め、なにかにぶつかった。
一瞬マネキンかと思い、こちらを振り向いたことで人間だと思いなおす。
「すみません!」
反射的に謝罪を口にして、何時の間にそこにいたのだろうと、疑問をいだいた。肌の見えないその人型を注視する。
それは、壁にめり込んで、否、壁から生えてきていた。
「避けろ!」
鎧の少女が叫び、一瞬遅れて人型が変形する。
胴体が膨れ上がり、破裂。スクラップ塊のような、金属の内臓諸器官が少年を襲う。反射的に防御の位置を取った腕は半ばまで擦り切れ、身体は壁に叩きつけられる。
遠のく意識の中、戯画化された工場のような口腔が拡大するのが分かる。喰われる。いや、呑まれるのか。生命に対する危機感さえもぼけていく。
きん
涼やかな、銅の鳴るような音色。少年と機塊の間の虚空に、機構が現出していた。半透明の、歯車でできた橋。それは鎧の少女の左手から、機塊の体内にわたってかけられていた。
歯車は一回り小さな歯車の集合でできていて、その小さな歯車もまた、より小さな歯車で、それらもまた歯車によってできて……。
きちり、きちり、と噛み合い、鳴る。それは耳朶を通す前に知覚を打っていた。今見えているものより遥かに小さな、特異点を形成する最小の歯車が回るきしり。
そこから生まれいずる回転力は、無限に分岐する歯車同士のネットワークをくぐって、現象する。
かちり
と、歯車が回った。
血を一杯に吸ったダニのような塊が、指で潰されるようにして凹む。黒い油が噴出し、針金が千切れて零れ落ちた。
呆気にとられる少年の前に、さらに歯車が走る。今度は二本。少女の踵から。
がきん、がきんと世界が噛み合い、歯車の回る分だけ現象が動く。甲冑が消えた。
少女が現れたのは少年の前。機塊の正面。馬上槍を徒歩のまま自在に操り、鉄と油の塊を突き上げるようにして貫いた。
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