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僕は思いのほか早く乾いていたエプロンを触りながら、ベランダにたたずむ。
ふと見上げれば夜空には星が満開、とはいかないが、三日月が淡く地上を照らしている。その下で塾帰りであろう中学生たち2人が、大きなかばんを抱えて何かを語り合っている。その光景を眺めながら僕の顔がふっとほころぶのが分かる。
僕はお話が書きたい。
タイガとリュウジの物語のような、誰かの胸を締め付けて止まない、そんなお話を。現実的でなくたっていい。少年少女の理想をひたすら詰め込んだ、夢のようなラブストーリーを描きたいのだ。
もし自分の描いた物語があそこの中学生たちの話題になっていたとしたら、それはどれほどの幸せだろう。ましてやそれが彼女を夢中にさせたりしたら。
こんな夢に気付いてしまったのは大学の理系学部に入った後だった。本当は、彼女を好きになった時からずっと持っていたのかもしれない。でも僕はそれを決して見ないようにしていた。だってそんなのは子供っぽい夢だから。筆1本で生計を立てるのがどれほど難しいのかぐらい、僕にも予想はつく。そして自分にはそんな才能など有りはしないことも。
なのに大学に入って、自分の将来が約束された途端、やっぱり自分はあっちがよかったなんて迷いが生まれてしまった。どうしても自分の頭の中に溜まった物語たちを吐き出したくなってしまった。どうやったってその気持ちが消せない。
ならいっそ吐き出してしまえばいい。どこまでできるかわからない。僕はまだ、魔法を使えるだろうか。
エプロンを取り込み、机の前に座る。取り出したのは教科書ではなく原稿用紙。
とりあえず一回書いてみよう。将来のことはそれから決めればいい。まずはそう、短い小説とかから。
ここからどれだけ寄り道してしまうんだろう。何年?何十年?その結果、彼女をさらに待たせてしまうんじゃあないか。
それでもペンを持つ手は止まらない。窓に映るそんな身勝手な自分をまた嫌いになって。そしてその分だけ、彼女のことを好きになるのだ。
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