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(つまり、ヨシツネ様は平家を完膚なきまでに圧倒。ヨリトモ様は二つの大事なるものが手に入れば和議でよし。最終目的が全く違うってことだ)
ベンケイの潜水を推進する足が、一瞬止まった。
(大丈夫なんだろうか。後々、障りが生じないのか)
ベンケイは、ヨシツネの供をして初めてヨリトモに会った際の情景を思い浮かべた。
(気になる…あの眼)
長年の念願であった実の兄との会見を果たし、涙を流すヨシツネに、ヨリトモは
「ああ、九郎か」
と一言言っただけ。
供をしていた家来であるベンケイとカイソンには、名乗る暇さえ与えられず、一瞥されただけだった。
(何というか…あの眼。猜疑心に満ちているというか)
「兄者はまだ少年の頃から、伊豆に流されて周囲に監視されていたから、初対面の人間は疑ってかかる。そういう習慣ができてるらしい。気にするな」
ヨシツネはそう言って笑ったが、ベンケイは何となく落ち着かない。
ベンケイは首を振った。
(いけない。今はそんなことを考えている場合じゃない。まずは三種の神器を奪うこと。大事なることに専心だ)
ベンケイは再び、足を力強く動かし始めた。
(あれだ)
程なくして、ベンケイの頭上に大きな黒い影が現れた。ベンケイが目指していた帆柱付きの船。平家の母船の船底である。
(カイソンさんの囮のお陰だ。甲板で焚かれる松明が増えて、船底がうっすらと見える)
ベンケイは足にさらに力を込めた。
竹筒を口から離すと、息を止め一気に潜水する。
水上に浮き上がると、船の船尾が見えた。
舳先の方では騒がしい声が聞えるが、こちらは松明も見えずひっそりとしている。
(よし。思う壺だ)
ベンケイは背中に負うて来た笈から、鉤の付いた綱を取り出した。
先端の鉤をぐるぐると回転させ勢いを付けると、船の甲板へ向け投げ上げる。
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