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(……嘘でしょ……)  そろそろ閉店、という雰囲気に追い出されるように、何軒目かで梯子した本屋を出ると、辺りはとっぷりと闇に沈んでいた。  街灯や、信号の光だけが、夜の(とばり)の降りた街中を照らしている。  黎苗(さなえ)は、未だ世話になっているフィーチャーフォン、所謂ガラケーを取り出した。液晶に映し出された時刻は、午後九時。  別名『本の街』と呼ばれる通りに目を走らせ、まだ空いている店に飛び込むことを繰り返すが、閉店時刻は、一番遅い店でも午後の十一時だ。  スマートフォンの波に押され、ガラケー向けのサービスが次々なくなるネット上には、碌な宿泊情報がない。  大都会で迎える人生初の深夜、街に取り残された黎苗は途方に暮れた。  いくらヤケッパチで書店を放浪していたとは言え、このままでは心細さでどうにかなりそうだ。  有効な策も浮かばないまま、十時、十一時と時間は刻々と過ぎる。次々閉まっていく書店街を、何かに追われるように早足で歩いていた黎苗は、ふと柔らかな明かりを目の端に捉えた気がして、足を止めた。  オレンジ色のそれは、ささくれ立った不安でいっぱいになった黎苗の心を、包んでくれるように思えた。  その優しい明かりに導かれるように、そちらへ近付く。  細い路地の前に立った看板には、『Noche blanca』と書かれていた。 (……ノチェ・ブランカ……って読むのかな)  喫茶店だろうか。しかし、看板があれど店がない。そう思いながら真ん前まで歩を進めると、黎苗の膝丈の高さの看板の裏に、地下への階段が見えた。  階段の上部分に、レトロなデザインの看板が貼り付けられており、そこにも店名と思われる同じ綴りが書かれている。その下には、小さな字で、 『私設図書館 開館:深夜零時~翌朝七時』  と記されていた。  携帯を取り出して、時刻を確認する。デジタル時計は、午前零時二分を示していた。 (助かったー……)  私設だろうが何だろうが、とにかく図書館というからにはそうなのだろう。しかも、七時まで開いているなんて有り難い。  明日の電車が動き出すまでいさせて貰おう。  そう考えるともなしに考えながら、黎苗は迷わず地下への階段を降った。
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