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階段を降り切ると、左手にドアがあった。やはり、デザイン的にはレトロなそれだ。
木製の扉に付いた取っ手を引くと、コロン、と軽いカウベルの音が響く。
「いらっしゃいませ」
ゆったりとした動作で歩み寄って来た男性が、優雅に頭を下げる。顔を上げた男性の年の頃は、六十代後半に見えた。
パリッとスーツを着こなした姿は、今し方仕事を終えてきた執事と言っても通りそうだ。
角が取れた真四角の輪郭に、年相応にやや後退した前髪。柔らかな笑みを湛えた、黒縁眼鏡の奥にある柔和な瞳と視線が合った瞬間、既視感を覚え、黎苗は目を瞬いた。
大好きだった亡き祖父と、どこか似ていたのだ。一瞬、本当に祖父が生き返ったかと思った。
「初めてのご来館ですか?」
けれど、祖父とは違う声音で問われて、我に返る。
「あ、は、はい」
「では、こちらへ」
執事になった祖父――もとい、館長らしき男性は、入ってすぐの場所にあるカウンター席へと黎苗を誘う。
案内されるまま、カウンター前にあるスツールへ腰を落とすと、カウンターへ入った男性は、一枚の紙を差し出した。レシートのようなそれだ。
「こちら、なくさないで下さいね。来館時間の記録になります」
「あ、はい」
「それと、こちらの記入をお願いします。図書カードを作らせて頂きます。次からは、カードをあちらの機械に差し込んで下さい。帰りに精算しますので」
「精算?」
「はい。今夜、お客様は初来館ですので、お帰りの際に滞在時間と照らして入館料をお支払い頂きます。ですが、次からは、ご来館とお帰りの際にあちらの機械で精算するコトができます」
「へえ……図書館って言っても、何だかネカフェみたい」
「そうですね。似たようなモノでしょうか」
男性の説明を聞きながら、就活用バッグの中から、ボールペンを取り出し、差し出された紙にペンを走らせる。
「書けました」
電話番号だけ、自宅のみのモノを書いて渡すと、男性は人のよい笑顔を浮かべて「ありがとうございます」と受け取る。
「それでは、お帰りの際に、カードをお渡ししますね。お飲物は何が宜しいですか?」
「え、ここってカフェ兼業ですか?」
思わず訊くと、男性は最早デフォルトにしか見えない笑顔で「いいえ」と答えた。
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