6人が本棚に入れています
本棚に追加
「カフェ兼業にしてしまうと、法律上、本の貸し出しができなくなるんです。かと言って、入館も無料にしてしまうと、図書館が維持できなくて……何せ、私設ですから」
答えながら、男性がメニューを差し出す。
「お飲物代は、入館料に含まれます。それに、種類はそこにあるモノだけ、茶菓子はありません。カウンターで食べる分には、お持ち込みは自由となっております」
受け取ったメニューには、紅茶・珈琲・ココアしかない。三種類共、アイスとホットは選べるようだった。
「じゃあ、アイスココアを」
メニューを返しながら言うと、男性はそれを受け取りながら「承りました」と会釈する。
「おかわりも自由ですので、ご遠慮なくお申し付け下さい」
「ありがとうございます」
ココアが出されるまで、黎苗は館内をグルリと見回した。
館内は横に長い。左手奥へ続いているようだが、黎苗が座っている位置からでは、それ以上を見ることはできなかった。
煉瓦で作られた壁がまたレトロで、照明はランプである。デザインが統一されてはいないのだが、それが全く不自然に見えない。
黎苗の背面にも書棚があり、本が所狭しと並んでいた。
「お待たせ致しました」
紙のコースターに、六角柱のグラスが置かれる。
「あ、ありがとうございます」
ココアの中で氷が揺れて、カラカラと涼しげな音を立てた。
一緒に出されたストローで、ココアを吸い込む。ついさっきまで、熱の下がらないコンクリートジャングルの中を歩き回っていた為か、それがとても美味しく感じられた。
「あーっ、生き返るー」
「恐縮です」
にこやかに言った男性は、「昨日は、どちらかで面接でしたか?」と問う。
最近になってやっと面接の正しい服装を覚えた黎苗は、黒の上下に身を包んでいる。スーツと言えばスーツに見えるかも知れない。
ただ、間に合わせで買った黒い上着とタイトスカートを合わせ、インナーはワイシャツだから、きちんとしたスーツとも言えない。
その上、足下は、男性には見えないだろうが、移動の間のみ履いているスニーカーだった。数年前、大きな地震があってからは、遠出する際には、面接時だけハイヒールに履き替えるようにしている。いざという時、素早く動けるようにだ。
最初のコメントを投稿しよう!