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胡蝶
今は昔
四条の大納言と申し上げた方は
お三方に御子がいらっしゃる。
北の方の御元には太郎君、二郎君、中の君、
東の対にお住いの御方には大君、三郎君、
田舎にお隠しになっている女の所へは四郎君がいらっしゃった。
中でも瑠璃君とお呼びしていた北の方様御腹の中の君は
生い先見えてろうたく(*)あてやかだった。
母君のお家柄も申し分なく
殿は入内を思し召し大切にお育てしていた。
ある晩、真夜(*)の鐘が鳴ると瑠璃君が、
幼く回らぬ口で
「胡蝶、胡蝶よ、少輔の君」
と乳母を呼ぶ声がする。
乳母が目覚めると君は起き上がり
可愛らしくふっくりした指を
天井に向けている。
ぬばたまの如き闇の中に、銀色に光る蝶が
ちらちらと光る鱗粉をこぼしながら
舞うように瑠璃君に近づいて
ふっと消えた。
闇が広がるばかりで、君はもう寝息をたてて
お休みになっていらっしゃる。
乳母は夢のような心地がしてもう一度見上げても
何も見えない。
しばらく、新月の真夜になると
鐘の音とともに銀色の蝶が
どこからともなく瑠璃君の寝所に現れた。
瑠璃君が目覚めていないということはなかった。
たいそう喜び、凝っと見まもる。
やがて袴着の頃に蝶は来なくなった。
瑠璃君は大そう屈託し、ものも召し上がらなくなった。
(*) ろうたく(らうたし 古語) 可愛い 可憐だ
真夜 真夜中
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