夕暮れのランデブー

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 本能に抗って渇きは癒えるのか。支離滅裂な暑さはその開放と発動に格好の言い訳を与える。夏が来たのだ。  女は男を求めていた。西の果てでしぶとく喚く太陽をじれったく睨みながら、汗をまとわされた人でむせかえる通りへ飛び出してゆく。喉を焼く雑多な臭いのなかから、今の自分をもっとも掻き立てるそれの発信源を探す。本能が彼女を急かしていた。  男はすぐに見つかった。路地の片隅、彼女が手繰った臭いの先で所在なげに漂っていた。互いの存在に気付いた彼女らは約束していたカップルのように自然に忙しなく視線を交差させた。相手を求めているのはどちらも同じだった。  その暑さが、その臭いが彼女らの本能を焚きつけ、景色を歪めさせた。意識は種の起源へ遡り、身体は宙を彷徨った。この一瞬こそが存在の証であると告げられたように、彼女は天を仰ぎ男にすがりつく。手足は知恵の輪のように絡まり、奔放に広げられた羽根は打楽器のように生の躍動を奏でる。重なる彼女らのシルエットは聖杯を模ったように見える。自分の一番大切な部分をさらけ出し相手に委ねるの行為の尊さと後ろめたさに狂わんばかりだった。  やがて、男の迸る熱情を受け取った彼女は、気怠げな羽ばたきで仕上げに入った。自分を酔わせたその臭いの元、その湿った肌に噛み跡を刻み、唾液で清めた皮膚から活力を抜き取ろうとしていた。  最後の挨拶を印すため、吸盤のように針のように彼女は口を近づけた。火照った首筋は日差しの匂いがするようだった。じっくり深く憎々しげに吸いつく。やがてその生命まで吸い尽くしたと思われたその時、彼女は自分を覆う破裂音を聞いた。 「うわすげー血」 「畜生、食われた」 「血を吸う蚊ってメスなんだよな」 「こいつらにモテてもなぁ」  色男の首と手のひらを赤く染めて、彼女の夏は終わった。
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