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「シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャー」
ああ、夏真っ盛りだ。クマゼミだ。子どもの頃はたまにしか見られないセミだったが、温暖化の影響もあるのか、梅雨が明けるとやってきて、いや羽化して成虫になって毎年シャンシャンと朝からうるさくしやがる。1匹でアブラゼミ10匹相当の音量だ。もう夏休みもなにも関係なくなってる僕の生活なのだから、起こさないでほしい。
「まるでババアだ。くそ、思い出してしまった」
僕は網戸にはりついたクマゼミのメスを見つけた。朝方涼しい風が入っていたから網戸のままの窓に面したベッドの上で寝返ったら、目に入った。大きくて立派だが、オスと違って鳴くための腹弁がついていない。クマゼミの腹弁は目立つオレンジ色だから、これがメスだということがすぐわかる。
「くそババア!」
僕はそう言いながら網戸のセミに向かって殺虫剤を噴射した。ゴキブリ用だったけれど。殺虫成分にやられたのか、噴射液の勢いに負けたのか、網戸から剥がされ落ちていった。
「ざまあみろ」
ああ、夏生がこっち見た。背が伸びて男らしくなった。ひげも伸びてる。
あたしが夏に生まれたからって、またセミ、前回もセミ、何も悪いことしてないはずなのに人間じゃなくて虫に生まれかわるって、お釈迦様に文句を言いたいところだよ。すっごい頑張ったんだけれど、羽化までまた3年もかかってしまった。待ちに待った夏だよ。
夏生、ちゃんと高校に行ってるかい?じきに大学受験じゃあないかい?勉強は?心配で心配で。
「くそババア!」
「えっ、今、なんて?」
急に何だか息苦しくなって何にも見えなくなった。3年前は部屋へ入ろうとしたセミのあたしを網戸を強く閉めて…だったよね。夏生、ばあちゃん、また来るから。
「アシャアシャアシャアシャアシャアシャー」
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