白夜危うきに近寄らず

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白夜危うきに近寄らず

この星は人間のためにあるのではない 大きな嵐やとても強い波がやってくるたびにそう思う だから私たちが風に吹き飛ばされて怪我をしたとしても、なにかに踏みつぶされていなくなってしまったとしてもそれは始めから決まっていた普通の出来事なのだ かなしいことはなにもない ただ少し苦しいだけ、ただ少しさみしいだけ なのに空が白いことには納得が行かない けしてこの空がきらいなわけではないのに釈然としない 川からの帰り途、通り雨にやられながら歩を進める 今日は傘を持っていない 傘を差すのが好きだからこういうタイミングで降られると損をした気分になる なにせ私の傘はすごいのだ ぱっと差せばつむじの上には青い空と炎色の太陽が広がる それだけのことで頬はとろけて肩は弾む うれしくてうれしくてスキップをするつま先が軽くなる 大人だから誰にも見られていないか気にしながらも絶対にやめられない 自宅にほど近い短い陸橋の東屋でスキップのステップはさらに強くなる なぜならこの東屋の下では踏み込んだ足音がきゅうきゅうと響いて心地が良いからだ どういった理屈でここでの足音がこんなに響くのかはまったくもって判らないが自分の足でお気に入りの音が生み出せる特別な秘密基地だ きゅうきゅうきゅう、きゅっきゅきゅうきゅうきゅう 腰をひねり膝をくねらせ足首からめい一杯の力を込めてきゅうきゅうを響かせる ああ、なんて、まぬけ ああ、なんて、かいかん ここで哀しいお知らせがあります 本当は、私の傘には青空も太陽もいません 真っ白な傘のキャンバスにそういう幻燈を写し出す夢を見ているだけなのです 人工塗料は身体に悪いから今どきの傘はみんなただの真っ白ばかりで雨の日にはまるで宇宙人のたまねぎ頭が並んでいるみたい それは味気なく無機質で未来の街はこんなのかしらと暗い気持ちになるのです だからうそをつきました いけないことでしょうか 私はわるくありません 空の白いのが悪なのです
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