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「わぁ、綺麗」
唯は金魚すくいの屋台の前にしゃがみ込んだ。浅い水盤の中を小さなオレンジ色の金魚が群れ泳いでいる。
「ねえ、やってみよ」
ポイを買った唯が浴衣の袖をまくる。俺はその白い腕からまた目を逸らした。
「あ~あ、すぐ破れちゃうんだもん」
そう言って口を尖らす唯だったが、器の中には一匹の小さな金魚が泳いでいた。それをビニール袋に移してもらい、ピンクのビニール紐できゅっと袋の口を絞る。ビニール紐の輪に指を通し、唯は嬉しそうに笑った。
その時、サイレンが鳴り始めた。祭りに集まった群衆が一斉に辺りを見回す。
「おい、あれ見ろ」
誰かが叫んで闇に沈んだ山の方角を指さした。
山頂からオレンジ色に光る何かが次々零れ出ている。俺は何故か金魚の群れを思い浮かべた。
オレンジ色の光は数を増し、物凄い速度で山を下り、まっしぐらにこちらに向かって来る。何が起きているのか全く理解できなかった。やがて、それは熱風と同時に人々を襲った。
「唯、逃げよう」
「え、どうなってるの」
俺は唯の背を押して走り出した。辺りに焦げ臭いにおいが充満し、神社の木々が燃え始めた。
ゴロロロロッ
低い唸り声が幾重にもなって轟く。巨大な生き物が一斉に吼えているのだ。
熱い。火事場の中を走っているようだ。後ろから誰かに突き飛ばされて俺と唯は折り重なるようにして倒れた。走り抜けていった男の背中をしなやか鞭のようなものが襲う。
男は一瞬で両断された。
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