Siと言うまで帰さない

2/43
前へ
/44ページ
次へ
 ふわりと浮かび上がってきた帆立を次々と油から引き揚げて天台にのせていく。生で食べられる帆立だから、本当にかるく衣をつけてさっと揚げただけだ。  カウンターの向こうへ出すのは、給仕のイタリア人男性がやってくれる。給仕担当はみな背が高くスマートで目の保養になった。  加賀美彰人(かがみあきと)は料理のテーブルへちらりと目を向けた。  海老と真鯛の数が減ったようなので、それを揚げることにしようか。それとも目の前で揚げて熱々を出したほうがいいだろうか…。  やはり冷めると味が落ちる。  一旦手を止めて、箸を置いた。  ここはローマの古い貴族の屋敷だ。いや屋敷というより城というほうがいいかもしれない。  石造りの城はもちろん築何百年という年代物だが、内装は現代風にアレンジされていて、あちこちにソファとテーブルが置かれ、真ん中の大きなテーブルには料理や果物やスイーツがふんだんに用意されていた。  高い天井からきらめくシャンデリアがいくつも下がりホールを照らしている。  デコルテを大きく出したドレス姿の女性やスーツ姿の男性たちが行きかう姿は、ガラスの向こうから水槽の金魚でも見ているような気分になる。  もっとラフな格好の者も多いが、いずれにしても幼いころから社交界に慣れた特別な階級の人々だ。無造作に見えてもつま先から頭のてっぺんまできちんと手入れが行き届いている。  彼らは賑やかにしゃべって笑い、飲んだり食べたり、ふざけ合って抱き合い踊っている者もいる。  その広いホールの一角には大きなカウンターキッチンが備え付けられて、数人のシェフが肉やピザを焼いたりパスタを仕上げたりしていた。その中に加賀美もいて、天ぷらを揚げているのだった。  まったく貴族の世界ってのは桁が違うな。  加賀美は表情を変えないまま目の前の光景を眺める。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

679人が本棚に入れています
本棚に追加