Siと言うまで帰さない

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 男はキスが上手だった。きっとかなり場数を踏んでいる。どんな身分で立場か知らないが、相手に不自由はしないはずだ。  思う存分、互いの口腔を味わってから、彼はにこりと笑った。  ほら、全然食いついていない。  そんな冷静な笑顔で俺が落とせるとでも? 「シャンパンはどう?」 「いただきます」  キスを終えると、広いリビングに通された。  キッチンからグラスとボトルを持ってきて、彼は自らコルクを抜いてグラスに注ぐ。テーブルにはきれいに皿に盛りつけられたチーズやチョコや生ハム。  幅の広いソファに座ってくつろぐ姿は、優雅で毛並みのいい高貴な猫のようだ。 「ローマに来て2ヶ月だって?」 「はい」 「いくつ?」 「28」 「へえ、日本人は若く見えるね。せいぜい25くらいかと思ってた」  気に入らないなと思う。お坊ちゃんの退屈しのぎに選ばれたのは構わないが、見くびられるのは我慢がならない。 「あなたは?」 「リカルドだ。リカルド・グラツィアーニ」  なるほど。グラツィアーニ家のお坊ちゃまか。  ヨーロッパや北米をメインにホテル業、アパレル業、流通業などいくつもの事業を展開している名門貴族だ。
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