Siと言うまで帰さない

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「パーティへ出張シェフに行ってくれ」  チーフに言われたのは一週間前のことだった。  イタリアに修行に来てまだ二か月の自分に声がかかるのはおかしいと思い、訊けば貴族の邸宅でのパーティだという。 「日本食も人気だから、何か一品入れたいそうだ」  それで納得した。イタリアンのシェフではなく日本食の板前としての加賀美が必要なのだ。3年前にイタリアンに転向する前は、7年間東京の割烹料理屋にいた。  初めは寿司をリクエストされたが、ネタの仕入れや仕込みが困難なことから難しいと返事をした。それなりの寿司もどきはできるが、納得のいかない料理を出す気はない。  ライブキッチンがあると聞いて、それなら天ぷらはどうかと加賀美から提案してOKが出た。  新鮮な魚介と野菜なら手に入る。素材がいいから揚げたてを出せばきっとうまい。  加賀美のその読みは当たって、パーティが始まって1時間ほどは日本人シェフの本場の天ぷらということでかなりたくさんの数が出たが、もうそろそろ落ち着いてきた。  ふと会場内がざわついた気がして目を上げると、背の高いスーツ姿の男性二人が入って来たところだった。  二人とも人目を惹く華やかさを生まれながらに持っているタイプだ。  明るい金髪に爽やかな笑顔、もう一人は緩やかにウェーブのある栗色の髪に上品そうな表情が印象的だ。  「ごきげんよう、リカルド」 「チャオ、フラン。元気だった?」 「ええ。ミケーレもご機嫌いかが?」 「退屈な毎日だね。でもみんなに会えたから気分がよくなったよ」  見ているだけでも目の保養になる二人組はあっという間に女性陣に取り囲まれる。  笑い声が上がり、金髪の男が楽しげな表情で女性たちをあしらっているらしい。栗色の髪の男は退屈そうな顔をしたままだが、それがいつものことなのか周りも気にした様子はない。  数人と軽く挨拶を交わしたあとは、二人はシャンパングラスを取ってソファに落ち着いた。
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