Siと言うまで帰さない

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「おいリカルド、口説くつもりか?」 「どうだろうね…」  そう答えたが、立ち上がって彼の前に行ったときにはそんなつもりはなかった。 「こんばんは。何か揚げましょうか?」  立ち姿は堂々としているが、少したどたどしいイタリア語。  それなのにどこか甘い声。    そのギャップがよかった。 「お勧めは?」 「こちらのスズキと帆立が新鮮ですよ」 「ではそれを」  彼が長い箸で素材を衣に入れ、油の中にふわりと浮かべた。  流れるような動作に見とれていると、あっという間に揚がって皿が出された。  ピンクとグリーンの塩が添えてある。 「抹茶塩とアンデスの岩塩です。熱いので気をつけてください」  うなずいてそのままスツールに腰かけて、熱々の天ぷらを食べた。  うまい。  思わず顔を上げると、澄ました顔の彼がかすかに微笑んだ。  パーティ料理がおいしいことはほとんどない。だがシンプルに塩だけで食べる天ぷらは予想以上にうまかった。  彼の腕と素材がいいのだろう。  白ワインを飲みながら、追加で海老とアスパラを注文した。
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