Siと言うまで帰さない

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「日本人?」 「はい」 「ローマに住んでるのか?」 「はい。2ヶ月前からラ・ロッソに勤めています」  ローマの三つ星老舗レストラン。  そこに勤めているとなれば、それなりのキャリアと腕を持っているはずだ。今着ているのは日本料理のシェフの服のようだが…。 「イタリアンのシェフ?」 「はい、まだ修行中ですが。その前は日本で7年間、日本料理店に勤めていました」 「なるほど」  それで天ぷらを任されたのか。    じっとカウンターの向こうの彼を見つめると、真っ直ぐに見返してきた。  切れ長の黒い瞳が美しい。  臆さない様子が気に入った。  そしてきっと彼はゲイだ。黒い瞳に吸いこまれるように尋ねていた。 「いつ終わる?」 「え?」 「この仕事」  目を眇めて彼を見やると、彼は黒い瞳をちょっと瞬いてリカルドの意図を探るような顔をした。でも一瞬でそれを消して穏やかに答えた。 「10時を過ぎれば帰っていいと」 「そう。じゃあまた後で」  こちらの意思は伝わったはずだ。伝わらなかったならそれでも構わない。鈍い男は嫌いだった。 「おいしかった、ごちそうさま」  先ほどよりは浮上した気分でカウンターを離れた。
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