1.目的地不明

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「こんなお屋敷に一度くらい住んでみたいなぁ」 蒼介が眩しそうに見上げるその住居は、なるほどお屋敷と呼ぶに値する立派な建物だったけど、そのときの私は特に返事もしなかった。 炎天下を歩き続けていたからとにかく目的地に着くことしか頭になかったのだろう。 思いのほか強い日差しに耐えられなくなり、ついに日陰での休憩を求めることにした私たちはしばらく彷徨った挙句、公園のベンチというささやかなオアシスを発見した。 「さっきの話だけど」 蒼介が買ってきてくれた飲み物で生き返った私はやっと口を開く。 「さっきって?」 「だから、お屋敷に住んでみたいって話」 「ああ、灯がずっと無言だったから。でも大きな家だったねぇ。庭も広かったし」 辿り着いた公園の遊歩道は樹木が茂っていて陽がさえぎられているのに人影はほとんど見当たらない。 この猛暑の日中にわざわざ出歩く人なんていないのだろう。 「泊めてもらうにはいいけど所有するのは大変よ、お屋敷とか豪邸って」 「そりゃそうだけど・・・まるで住んでた人みたいな言い方じゃない」 からかうように笑う蒼介を私は気に留めない。 「私、豪邸に住んだことがあるの。さっきの家よりももっと大きな」 「ええっ、灯の家って大金持ちだったの?」 「まさか」 あのときも暑い夏だった。 「たった二日だけどね」 今年もまた夏がきた。
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