梅雨の話

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梅雨の話

 一番始めに噂を聞いたのは梅雨頃、クラスメイトが学校に住まう(らしい)『天使様』の存在についてひそやかに話していたのが、ただ何となく右から左へと流し続けていた三限目の数学の授業の中に聞こえてきたのを鮮明に覚えている。雨とコンクリートが混じった匂いと雨声の心地よい日だった。  その日からもまことしやかに存在が囁かれ続けていた『天使様』は、影や形を見たものは誰もいなかったが、しかしながらその存在と天使様がいるという空気だけは確実に、ゆるゆると上がりつつある気温に歩幅を合わせて広まっていった。  広まるうちに幾らか噂に尾ひれがついていたようで、僕が気が付いた時には見たものは救われるとか見たら七日以内に呪われて非業の死を遂げるだとか或いは遭遇すると赤色青色と聞かれてどちらを選んでも血まみれになるか真っ青になって惨殺されるみたいに言われていて、『天使様』は半ば「学校の七不思議」とか「学校の怪談」のような存在になりつつあったようだった。    それでもどうも夏になる頃には大半の生徒が『天使様』の存在をすっかり信じきっていたようで、信じる事のできなかった僕は流行りの玩具を一人だけ持っていない子供のような居心地の悪さを感じていた。
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