七月二十一日、校舎の話

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

七月二十一日、校舎の話

 驚きで心臓が跳ね上がったのが自分でも分かる。 ……もしかして、これが『天使様』?  光を透く亜麻色の髪、夜空に瞬く星の瞳、さながら陶器の白い肌。纏う衣服はシルクのようで、しかしシルクとも違ったものであって、布そのものが高貴さを纏っているようだった。どこを見ても艶やかさとあどけなさの共存する、そのどれもがこの世の物としての在り方を間違えていると思ってしまう程美しく、己は異物であるということを存在自体が主張しているようだった。「全身で主張する」のお手本のようだな、と呑気に思う。  そうして透いている瑠璃のソーダみたいな場の感じに捕らわれながら思考を巡らせていると、待たずしてそれは吐息に流されていく。逃したら二度と会えないのでは、ふつふつと湧き出る焦燥感に素直に従って僕は足を動かすことにした。そして、それはするすると動きだす。ここは己の庭だと言わんばかりに。  それが廊下を滑れば僕は走り、階段を昇れば僕も階段を登る。すっかり浮かれきった教室とは対極に、二人(この表現が適しているかどうかは僕には分からない)の間には、永遠に完成しない最高のパズルみたいなもどかしさを含んだ空気が流れていて、心地よい程の薄暗さがあった。屋上に向かう階段を登れば登るほどに、教室を出たときからじっと澱んでいた不安の念が少しずつ増長していき、踊り場で軽らかに一回転してみせるそれを見慣れた頃には己の顔を曇らせたことがはっきりと自覚できるほどになっていった。  永遠に続く心持ちさえしてくる一方的な追いかけっこの末に、屋上前の踊り場に着く。ここが終着点だろうか、と階段の手すりに身を預けながらそれの動向をじっと見ていると、それは今までの行動からは想像もつかない程人間らしい動作でドアノブを捻り、屋上に繋がる扉を開けて去っていった。急いで後を追う。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!