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船を自動操縦にした澪が飛び込んで来て、彼の弾力ある皮膚に触った。
彼女の指に、見覚えのある指輪が光っている。
プロポーズする時のために、彼が用意したものだ。
驚きの声をあげると、続いて海に飛び込んで来たアーネストが答えた。
「ボクがプレゼントした。引き出しの奥にあったのを使わせてもらったよ」
佐藤が抗議の声を上げようとすると、横に並んだマリアンが身をすり寄せてきた。
そうか。僕にはもう、指輪など不要だったな。
澪は彼とマリアンを見て、目元を緩ませた。
「クジラの言ったとおりになったのね」
佐藤が【何だって】と聞き返すと、アーネストが「何だって」と聞き直してくれた。
「私にも与えられた役割がある。佐藤くんを海に送り出して、かわりに海から来る者を迎え入れること。そうなるはずだと、シロナガスクジラが預言したの」
【君はこうなる事を知っていて、ずっと黙っていたって言うのか!】
驚く彼の横でマリアンが鼻を鳴らした。
【サトウくん、「君」じゃなくて、「君たち」と表現するべきね】
佐藤とアーネストは口を開けたまま、顔を見合わせた。
言葉はなくとも、お互いの考えが手に取るように分かる。
佐藤の理解は確信へと変わりつつあった。
彼とアーネストは二人一組の通訳、人と海とをつなぐコネクターだ。
イルカになった佐藤が海の声を聴き、アーネストが人の言葉に変換して人類に伝える。
きっとそれが10年前に定められた、彼らの役割だ。
将来子供が生まれたら、彼らのあとを継ぐだろう。
何十年後、何百年後かには人類が、預言どおりに海へ還る日が来るのかもしれない。
彼らはひとしきり泳いだ後、再開の約束を交わして別れた。
「また今度、満月の日に」
月明かりの下、クルーザーが遠ざかる。
船上で寄り添う男女のシルエットは、水平線の向こうに見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
(了)
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