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彼女は計器盤からリモコンを取り上げ、操舵系統の切り替えを始めた。佐藤は後部甲板でダイブの準備をする。デッキ・チェアーにもたれかかり、ベルトで体を固定した。
リモコンを持った澪が下りて来て、彼の使っている肘掛にちょこんと尻を乗せた。
船と戯れるかのように泳ぐイルカ達にクルーザーを並走させる。
マリアン、ナギ、イモセにアーネストがいる。
彼が名付けた個体を多く含む、若いイルカの群れだ。
「ダイブする。アーネストを狙う」
「きっと上手くいくよ」
彼女の励ましもこれで何度目だろう。
彼は一向に進捗を見せない研究に苛立ちを覚えた。
海の色を反射して青く光る2つの瞳が、彼の目をのぞき込んでいる。
思わず目をそらすと、1匹の雄イルカが体を三日月の形に丸めて海面から飛び出して来るのが見えた。
今だ。
佐藤は意識を身体から飛び出させて、目標にダイブした。
冷たい水面をくぐるのに似た感覚があり、本能が潜るのをためらわせる。
いつもの彼ならば助けを求めて心の叫びを上げるところだが、今回は違った。
イルカの体に飛び込んだ意識は深く潜っていくが、恐怖を感じない。
澪の胸に顔を埋めている時のように心が沈静化していく。
彼の意識に10年前の記憶が蘇ってきた。
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