泡沫の夢

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泡沫の夢

「ねぇ、海へ行こうよ」  そう言って僕は君を海へと誘った。  まだ夏の初めということもあり浜辺には僕達だけだった。  揺らめく波に太陽の光が反射してキラキラと明るい青色に輝く海はとても綺麗で。海の香りがする爽やかな風を受けてなびく髪を抑えながら、君と二人で眺めていた。  ふいに君が海辺の方へと歩いていく。  腰の位置まである長い黒髪に白いワンピースを身に纏う君と涼やかな音色を響かせている海は、絵画のように美しかった。  けれども、それは一瞬で壊されてしまった。  急に大きな波が来て君だけを狙ったかのようにさらってしまったからだ。  慌ててその姿を追いかけようと走り出そうとした時……〈ピピピッ〉という甲高い音でその世界は脆く崩れてしまった。 「……っ、またこの夢か」  夢、というよりはついこの間見た景色の反芻ともいえる。本当に起きてしまったあの悲劇の。  結局、目の前で波にさらわれた彼女は瞬く間に深い青色の向こう側へと消えてしまった。  本当は、あの時に想いを伝えようと思っていた。  それなのに何も伝えられないまま、言い出せないままで、彼女に会うことが叶わなくなってしまったのだ。  もしもう一度だけ君と会えたなら……、なんて子供騙しにもならないようなお伽噺のワンシーンを望んでやまない僕はどれだけ愚かなんだろうか。  たとえどれだけ願っても叶わないことなんて分かっている。それでも、僕は。  はあっ、とただ空気を重くするだけのため息をつき徐に立ち上がった僕はベッド脇にある窓のカーテンを開け、煌々と光を放つ夜空を見上げる。  そして、一際明るく存在を主張するように輝いている月を見て彼女が言っていたことを思い出した。  『月が綺麗ですね』という言葉で『あなたを愛しています』と伝える。  そんな奥ゆかしい感じが好きなのだ、と。  言えない気持ちを違う言葉で表す。こういった文学チックなのが彼女は好きだったけ、と感傷に浸る。  そういえば星を見る約束もしていたのに、果たせないままになってしまった。  あの銀河を、星空を、海に散りばめられたらいいのに。  暗い深海の底にいる彼女に光を届けられたら、彼女に見せたかった星空を創ることができたら。  いつかした約束を果たすことは出来ないだろうか。
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