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考えても仕方ないことだ。詩子は小さく頭を振った。と、人の声が聞こえて顔を上げる。右手にある公園で、父子らしき2人が遊んでいるのが目に入った。2、3歳くらいの男の子がブランコに乗ってきゃーきゃー言っている。その背中を押す男に見覚えがあった。思わず止めた足が震え出す。
あの優しい笑顔。彼だ。確信を抱く。結婚したんだ。子供が居るんだ。子供が……?
心臓がバクバクとうるさい。蝉の声より大きく自分の耳に響くような。彼に見つかる前にと、詩子はさっと踵を返し、元きた道を急いだ。
あの日の別れ話、あの日の唐突なあれは、そうか、そうだったのか。
「馬鹿だなぁ……」
愛を確かめられるのが嫌だった。彼もそれはよく知っていた。つまりそういうことだったのだ。揚げ物は隠れ蓑で、本当は関係なかったのだ。夏が来る度心を痛めていた自分が間抜けに思えた。間抜けすぎてもう歩けない。道路の真ん中で足を止め、詩子は震える指先で鞄を開いた。パックからコロッケを1枚引っ張り出す。油で指先がぬめつく。詩子はコロッケを2口で食べ切った。口いっぱいに詰めたコロッケを咀嚼しながら、涙が零れてきた。
容赦なく日差しが照りつけ、蝉の声が降り注ぐ。もっとマシな別れ方はなかったのかなと思った。2個目のコロッケを今度も2口で全部口に押し込め、馬鹿野郎、と内心で唱えた。
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