夏の揚げ物はつらい

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 照りつける日差しの強さ、一斉に鳴き出す蝉の声、梅雨明け宣言を待たずとも夏が来たことが分かる。スーパーで買ったコロッケを入れた赤い可愛いカバンを抱いて歩く。ふふ、折りたたみ財布しか入らないサイズの小さなカバンに、まさか牛肉コロッケ3個パック税抜き150円が入っているなんて誰も思わないだろう。明日は唐揚げを買いに行こう。惣菜屋さんさまさまだ。  日傘を持ってこなかったことを悔やみながら帰路を辿る。陽炎がゆらゆらしているのを見ると、こんな日に揚げ物なんてできないと改めて思う。揚げ物なんてできない、でも食べたい。3年前、彼氏に振られたことが原因で詩子は夏が巡ってくると秋が来るまで毎日揚げ物を食べるようになった。振られた理由が揚げ物だったからだ。そう……揚げ物。  詩子は蝉の声を聴きながら、当時のことを思い出した。    3年前、詩子は25歳だった。彼も同じ歳だった。彼は顔が整っていて、芸能界にいそうだねと女友達からよく言われた。また、収入もよかったし、これから昇進すればもっともっと昇給するだろうとのことで、両親にも「絶対逃がすな」と言われていた。しかし、詩子は彼の顔面が少々崩れていても、フリーターであっても彼のことが好きだっただろう。彼は優しい人だった。花の名前を沢山知っていたし、いろんな歌を歌えたし、駅前の「募金お願いします」の声には高確率で応えたし。  
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