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ワレスはハシェドに命じた。
「さきに行っていろ」
そして、自分はあともどりして階段をおりていく。
さっき、エミールのことを悪魔、カナリーを天使と誰かが言っていたが、言い得て妙だ。
エミールの赤毛に対して、カナリーの髪はふわふわした綿毛のようなブロンドだ。瞳はあわいブルー。顔立ちも愛くるしい。
「ごめんなさい。ワレスさん」
ワレスは廊下を見まわし、エミールがいないことをたしかめた。
「謝罪はいい。話は手短かにしろ」
言いながら、階段のほうへ引き入れる。
カナリーは恨めしそうに、ワレスをにらんだ。
「約束はどうなったの? このショールがそうだっていうなら、ぼく、返すよ」
盗賊団を捕まえ、事件を解決した手柄により、城主のコーマ伯爵から褒美をたまわったうちの一部だ。絹のショールをカナリーとエミールに一枚ずつ渡した。
だが、二人とも最初は喜んでいたくせに、今になって、カナリーは返すと言うし、エミールはカナリーと同じものなんてイヤだと文句を言う。
正直、ワレスはウンザリしていた。
「約束は約束だ。守るとも。おまえは、いつがいい?」
「そんなお義理で抱いてくれなくてもいいよ」
「おまえは可愛いと思うぞ。その見目なら、おれにこだわらなくとも、いくらでも客はとれるだろう。可愛がってくれる者も多いだろうに」
左右の目の色が違うエミールと異なり、カナリーの容姿は万人に好かれる。食堂の給仕のなかでも一番人気だ。ワレスに執着していることをあからさまにできるのも、そこのところに自信があるからだ。
「ぼくは、あなたを好きなの」
ワレスは嘘をついた。
「かんたんに籠絡できない相手がめずらしいんだろ? 以前、言ったとおり、故郷に恋人がいるからムダだぞ」
「それって、さっき話していた人のこと? ブラゴールに逃げたって」
「聞いてたのか」
説明がめんどうだったので、これ幸いと、うなずいておくことにした。なんといっても、まぎれもなくジェイムズは、かつて愛した人だ。
「ああ。そうだ」
「その人、エミールに似てる?」
「いや、おまえにも、エミールにも、似ていない。あの人は特別だ」
「そのこと、エミールは知ってるの?」
「ああ」
「じゃあ、ぼくとエミールは対等だね。お願い。今夜、来て。今夜は誰もお客をとらずに待ってるから」
「わかった。どこへ?」
「以前の小部屋。食堂よこの。約束だよ?」
「ああ」
カナリーはショールのすそをひらひらさせて去っていく。嘆息して、階段をのぼりかけたワレスは、ギョッとした。二階のあがりはなに、ハシェドが立っていた。
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