一章

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 ワレスはハシェドに命じた。 「さきに行っていろ」  そして、自分はあともどりして階段をおりていく。  さっき、エミールのことを悪魔、カナリーを天使と誰かが言っていたが、言い得て妙だ。  エミールの赤毛に対して、カナリーの髪はふわふわした綿毛のようなブロンドだ。瞳はあわいブルー。顔立ちも愛くるしい。 「ごめんなさい。ワレスさん」  ワレスは廊下を見まわし、エミールがいないことをたしかめた。 「謝罪はいい。話は手短かにしろ」  言いながら、階段のほうへ引き入れる。  カナリーは恨めしそうに、ワレスをにらんだ。 「約束はどうなったの? このショールがそうだっていうなら、ぼく、返すよ」  盗賊団を捕まえ、事件を解決した手柄により、城主のコーマ伯爵から褒美(ほうび)をたまわったうちの一部だ。絹のショールをカナリーとエミールに一枚ずつ渡した。  だが、二人とも最初は喜んでいたくせに、今になって、カナリーは返すと言うし、エミールはカナリーと同じものなんてイヤだと文句を言う。  正直、ワレスはウンザリしていた。 「約束は約束だ。守るとも。おまえは、いつがいい?」 「そんなお義理で抱いてくれなくてもいいよ」 「おまえは可愛いと思うぞ。その見目なら、おれにこだわらなくとも、いくらでも客はとれるだろう。可愛がってくれる者も多いだろうに」  左右の目の色が違うエミールと異なり、カナリーの容姿は万人に好かれる。食堂の給仕のなかでも一番人気だ。ワレスに執着していることをあからさまにできるのも、そこのところに自信があるからだ。 「ぼくは、あなたを好きなの」  ワレスは嘘をついた。 「かんたんに籠絡(ろうらく)できない相手がめずらしいんだろ? 以前、言ったとおり、故郷(くに)に恋人がいるからムダだぞ」 「それって、さっき話していた人のこと? ブラゴールに逃げたって」 「聞いてたのか」  説明がめんどうだったので、これ幸いと、うなずいておくことにした。なんといっても、まぎれもなくジェイムズは、かつて愛した人だ。 「ああ。そうだ」 「その人、エミールに似てる?」 「いや、おまえにも、エミールにも、似ていない。あの人は特別だ」 「そのこと、エミールは知ってるの?」 「ああ」 「じゃあ、ぼくとエミールは対等だね。お願い。今夜、来て。今夜は誰もお客をとらずに待ってるから」 「わかった。どこへ?」 「以前の小部屋。食堂よこの。約束だよ?」 「ああ」  カナリーはショールのすそをひらひらさせて去っていく。嘆息して、階段をのぼりかけたワレスは、ギョッとした。二階のあがりはなに、ハシェドが立っていた。
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