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「すみません。聞くつもりはなかったんですが」
どこまで聞かれたのだろう?
「人が悪いな。さきに行っていろと言ったぞ」
「すみません。ウワサを思いだして……」
申しわけなさそうに、ハシェドは頭をかいている。
「ウワサ?」
「昨日、話した、男の死体のことです。たぶん、発見されたのが、このへんだと思うんです。それで隊長に知らせておこうと……すみません」
「べつにいいさ。いつものことだろ」
「おれ、てっきり、隊長の恋人は、いつもの手紙の人だと思っていたので、ちょっと混乱してしまって……」
毎回、ワレスに手紙を送ってくる、皇都の女友達のことを言っているのだ。ワレスが皇都に持つ屋敷の管理などをたのんでいる。
(今でも、ジェイムズが、おれの特別な人だと勘違いしたのか)
まあ、それもいいかもしれない。
ハシェドにはそう思わせておくほうが、ハシェドのためにも、ワレスのためにもいい。
ハシェドの気持ちに応えることは、永遠にできないのだから。
(おまえが、おれの特別な人……)
ワレスは切ない気持ちで、ハシェドを見つめた。
「彼女はおれの母親みたいなものだ。ジェイムズの近況を教えてもらっているんだ」と、嘘をついた。
「そうですか……」
ハシェドの表情が暗く沈みそうだったので、ワレスは急いで話をそらした。
「もういいだろ? 中隊長の暗殺計画を聞かれたというのなら、おれもあわてるが」
「そんな冗談言って、知りませんよ。誰かに聞かれても」
「冗談なものか」
声をそろえて笑ってから、ワレスはあたりを見まわした。
「それで、死体があったのはどのへんだ?」
「おれも、はっきりとは。でも階段のあがりぐちと聞いたので、このへんでしょう」
ボイクド城は古い城なので、階段やあがりぐちは中央がすりへって、わずかだが石がくぼんでいる。
その床に上半身だけの死体が倒れずに立っていたとなると、よほどバランスよく、くぼみにおさまっていたのだろう。
ワレスはそのあたりを念入りに検分した。
「血だまりがなかったというのも、ほんとらしいな。見たところ、新しい血のしみはない。人の仕業でないことだけは、たしかなようだな」
「内塔で起こらなくてよかったですね」
「ああ。行くか」
歩きかけてから、ワレスは妙なことに気づいた。ふたたび、床にひざをついて、ながめる。
「どうしたんですか? 隊長」
「このあとは、なんだろうな?」
階段は窓から離れていて、少し暗い。だから、初めは気づかなかった。
「ここだけ、いやに石の色が明るくないか?」
ちょうど腕くらいの太さだろうか。
床の石畳に丸いあとがある。といっても、切れめがあったり、液体をこぼしたようではない。
ハシェドもワレスのそばにしゃがみこんできた。
「そう言われてみれば、まわりと少し色が違いますね。模様みたいに見える」
こすっても、指につくのは砂だけだ。
「塗料でもないな」
「わかりませんね」
しゃがみこんでいるワレスたち二人に、
「ジャマだ。どけ」
背後から声がかかった。
食堂に近い階段だから、人の通りが多い。
正規兵なのだろう。ワレスの知らない男だ。
ワレスと同じ小隊長のマントをつけ、肩をそびやかして追いこしていく。
「感じの悪い小隊長ですね。まんなかをふさいで、こっちも悪かったけど。いくらでも、よけていけるのに」
ワレスは肩をすくめた。
「どうせ、もう会うこともないさ」
傭兵と正規兵が任務でかかわることは、まずない。
ワレスたちは男のことなど気にもせず、文書室へむかった。
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