一章

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 ハシェドは困惑顔だ。 「わからないな。父は知ってると思うが、おれや弟たちには、そういうことは話してくれないんだ」 「さようですか」  そのひとことで、クルウは会話を終わらせようとする。  こんな機会はめったにない。ワレスはあわてて、話がとぎれないよう補った。 「ハシェドには弟がいるのか」  クルウを見ていたハシェドの視線が、またワレスにもどる。今度はいつもの晴れやかな笑顔を見せてくれる。 「弟が二人。妹が二人です。弟妹はみんな父親似でして、兄のおれが言うのもなんですが、なかなか美男美女だと思います。おれが一番、ブラゴールの血を濃く継ぎました。母によると、おれは母の死んだ兄にそっくりだそうです。ただ……下の妹が、せっかく父似のきれいな顔をしているのに、肌の色が……女の子なので、かわいそうでなりません」  ハシェドの笑みがくもる。  口ぶりから察すると、その妹をとくに愛しているのだろう。  ワレスは紙巻きタバコをあきらめて、キセルに葉をつめながら言った。 「妹は可愛いな。おれの妹は三つで死んだが、今でも、あの子のお人形のような姿が目に浮かぶ」  妹の死を考えるときには、いつも、やるせない感情の昂ぶりを抑えられない。  だが、このときは、ハシェドをなぐさめるために、ごく自然に話せた。  自分でも不思議なくらい、妹が生きていたころ、彼女にそそいだ優しい感情だけを思いだす。 「小隊長の妹さんは、亡くなられたんですか?」  アブセスがたずねてくるのにも、 「ああ。病気でな」と、嘘をつくことができた。  ほんとうは酒びたりのろくでなしの父のせいで、衰弱死してしまったのだが。  その事実を知っているハシェドは、申しわけなさそうにワレスを見る。 「隊長……」
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