九章

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 二段ベッドの上段から、アクビをしながら、ジョルジュが顔を出す。 「頭がどうかして、寝台からおりられなくなった男のことだろたしか、ユージイとかいったかな?」 「ユージイか」 「たぶん、コルト小隊だ。コルトを探しに行ったとき、そんなことを話してる兵隊がいた」 「ならば話が早い。コルトに頼もう」  サッと、ジョルジュが手を出す。 「指輪」 「ぬけめがないな」  ワレスが大粒のスターサファイアの指輪を渡そうとすると、 「そんな金貨五百枚もするようなのは、怖くて持ってられないよ。傭兵におどしとられるのがオチだ。そっちの細いのでいい」  初めのプラチナのほうを指す。 「欲がないな」 「ギャンブルと同じだろ。欲張りすぎると損するのさ」  エミールが悔しそうに爪をかんだ。 「きいッ。もうちょっとで、おれのものになるとこだったのに!」  ワレスは笑った。 「おまえのことは、今夜、おれが買ってやる。一回につき金貨一枚。悪い話じゃないだろ?」 「一回につき? 何回するの?」 「それは、おれの体力と、おまえのがんばりしだいだな」 「やったー! おれ、がんばっちゃう」  朝っぱらから派手に音をたてて、何度も、なげキッスしながら、エミールは出ていった。  ワレスが肩をすくめていると、クルウが笑いながら声をかけてくる。 「小隊長。本日はご用命がありますか?」 「ああ。一つ、思いだした。昨日、頼んだ件に関してだが」  ワレスがクルウと耳打ちしあうのを、部屋のすみからアブセスが不満そうに見ている。ワレスは話に集中していたので、さほど気にしなかった。 「昨日の件なら、あいにくまだ調べはついておりませんよ」と言うクルウの耳に口をよせ、 「それだが、ブラゴール人全部をあたってもらう必要はなくなった。昨日、ハシェドと会ったときに気づいたんだ」  ならんでベッドに腰かけて、ランプの明かりでハシェドのよこ顔を見たとき、いつもとどこか違う気がした。 (耳飾りか)  いつもつけている耳飾りがないので、違和を感じたのだ。証拠品として、伯爵に押収されたのだろう。  とても特徴的な耳飾りだった。異国風のデザインで、ハシェドによく似合っていた。砂銀石だということは気づいていたが、まさか、それがブラゴール皇子の証しであるとは思いもしなかった。  そのとき、ふと思いだした。  つい最近、あれと似た耳飾りを、どこかで見た。 「すぐには思いだせなかったが、たぶん、あのときじゃないかと思う。ハシェドが食堂の帰り、若いブラゴール人を弟と見間違えた。だが、あのときは逆光になっていて、顔立ちまでは見てとれなかった。おそらく、ハシェドは自分の物と類似した耳飾りを見て、おどろいたんだ。  ハシェドの耳飾りは、神とともに在る者。ハシェドが見間違えた相手こそ、神に選ばれし者、なのだと思う」 「と言いますと?」 「つまり、皇族だ。その男はクオリルと名乗っていた。ブラゴール人にしては変わった名前だから、おぼえている。第三大隊だ」 「その男をさぐればいいのですね?」 「変わった動きがないか見張ってくれ。ブラゴール人なら傭兵だ。第三大隊には、アダムがいる。アダムが力を貸してくれるかもな」 「盗賊の一件で力になってくれた男ですか」 「あのときの功績で、分隊長になったはずだ」
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